坂口安吾
桜の森の満開の下/講談社文芸文庫
 表題作についてのみの感想。短編小説。京都が都として機能していた時代が舞台。
 鈴鹿峠の山賊が、8人目の女房としてさらってきた美しい女。山しか知らず、満開の桜の他に恐れるもののなかった山賊は、彼女をさらった日から、操られるように殺戮と略奪を繰り返すようになる。やがて都に移り住み、彼女の望むままに人間の首を狩る奇妙な生活をはじめるが、春の満開の桜が男を呼び戻した。山賊は女を背負い、唯一恐れる桜の森に足を踏み入れる。
 満開の桜はすべての罪悪の精神的な免罪符なのか?
 驚いたことに、首だけの腐乱死体ですら美しく思えてしまう小説である。



佐木隆三
正義の剣/講談社文庫
 若手裁判官の目を通してつづった裁判記録の短編集。裁判官が友人や恋人と共に、自ら事件現場に足を運んだりもするので、敢えて分類するなら探偵小説に入ると思う。さらりとした文体だが、現実に起こった事件に取材したものばかりで、裁く側の葛藤も描いている。(99.11.20)
復讐するは我にあり(上下)/講談社文庫
 現実に起こった連続詐欺・強盗事件を元にして書かれた小説。直木賞受賞。ある農家の主婦が畑に大根を採りに行った朝、畝に倒れていた一つの死体を皮切りに、犯人と目された榎津巌は全国をまたにかけて詐欺と殺人を繰り返す。78日間の逃避行の間、大学教授や篤志家・弁護士などにになりすまし、捜査の目をかいくぐり続けたが、最後に10歳の少女に正体を見破られる。
 1963年に発生した事件を忠実に追い、当事者の視点を再現することで事件を再構成する手段を用いたドキュメンタリー・ノベル。これを読んでいると、「事実は小説より奇なり」という格言はまさしく真実をついていると実感する。