新解さんの謎
赤瀬川原平/文春文庫



 試みに、広辞苑第三版より「恋愛」の項を引く。

れんあい[恋愛] 男女間の恋い慕う愛情。こい。「―――小説」

 同じ項目を、今度は新明解国語辞典第三版より引く。

れんあい[恋愛] 特定の異性に特別の愛情を抱いて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。「―――結婚・―――関係」

 ―――辞書である。の、はずである。が、上の文を前置きなしに読んで辞書の項目だと思うのはちょっと難しいだろう。一事が万事この調子、では決してない。大部分は、世間一般での辞書のイメージに沿ったものである。が、時々隠し切れないで、目端の利く人にしっぽをつかまれたりしている。
 赤瀬川氏おっしゃるところの「新解さん」、新明解国語辞典のそこかしこに顔を覗かせる「彼」の自己主張。没個性であるが故に個性を際立たせる広辞苑と対照的な「彼」。思わず肩をたたいて「うんうん」と共に頷くか、「貴方は辞書なんだから」とたしなめたくなるか、いずれにしても真面目を通り越しておおまじめな、妙に人間臭い辞書である。赤瀬川氏とS嬢が追いかける「新解さん」の素顔。なぜ辞書なのに「彼」と判断できるのか、それはこの本を読んでのお楽しみ。
 春4月、心機一転のシーズンに、肩の力を抜いて向学心と向き合いたい人におすすめ。
 最後に、妙に気に入った「動物園」の項。

どうぶつ[動物] [―――園] 生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえてきた多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。

 いや、確かにそのとおり。そのとおりなんだけど。新解さん…。