硫黄島いまだ玉砕せず
上坂冬子/文春文庫



 ドキュメンタリー。1945年2月、小笠原諸島の南方数百キロに浮かぶ孤島硫黄島で、沖縄戦に先駆けて行われた上陸戦で日本軍は玉砕する。この直前まで硫黄島に赴任していながら、偶然、間一髪で本土に帰還していた海軍大佐がいた。彼は戦後僧侶となり、アメリカと日本の政府を相手に、伊王島での遺骨の収集を実行するために奔走する。
 僧侶和智師は、資金難や人々との軋轢を経ても衰えぬ、最後には妄執とまで見える熱意をもって活動を続けた。それは日米の交流に一役を担い、戦後数十年を経て、硫黄島で戦った敵味方の硫黄島での再会が実現する。自身が、また家族が血を流し殺し合った土地で、しかし尊敬と友愛とをもって。
 和智師の後半生を通じて、戦後処理の困難と熱意が書かれている。なぜ師がこうまで遺骨にこだわったのか、特にアメリカに持ち去られたものの返還を執拗に要求したのか、私に理解できたとは言い難い。だが遺骨の収集と鎮魂の念を通じた平和への希求と思うと―――的が外れているようにも思うが―――多少理解できるような気もする。南の島の洞窟で、故郷を遠く離れて埋もれていた骨を見たときの、師や遺族の思いはどんなものだっただろう。
 巻末に、硫黄島に集った人々のうち最年少だったアメリカの高校生の文が掲載されている。論文コンクールで硫黄島での体験をつづったもので、日本で英語の教科書にも収録されているとのこと。これだけでもぜひ読んでほしい。