南京事件
笠原十九司/岩波新書



 タイトルどおり南京事件についての本。
 戦後50年以上にわたり集められて来た資料・証言等から、南京事件が発生するまでの経緯を検証する。
 死者や被害状況について、いまだに議論のかまびすしい事件である。これのおかげで当時の日本は中国との和平のきっかけを失ったのだそうで、その意味では大失策だといえる。南京への侵攻作戦は、作戦が現地の指揮官によって勝手に始められた後で日本の軍首脳から承認された。当然ながら事前準備なし、糧食なし、おまけに長く大陸に駐留していた日本軍兵士の不満ははじめから大きく、南京でそれが爆発する。
 南京事件の被害死者数は、最大40万人から最小2000人まで、主張する人それぞれで差がある。これはことさらに被害を大きく、または小さく見せたがる団体や研究者や作家がいるということもさることながら、南京事件の始まりをいつにするか、事件の範囲(場所)を南京のみとするか、兵士とみなされて処刑された人々を被害者にいれるか、などなどによっても違うらしい。この本はかなり厳しい範囲を定めているが、文献や当時の国際法などを根拠としてきちんとあげており、思い込みによる記述は少ないように思う。
 被害の規模についての議論が目立つため、なぜそんな愚挙があったかという理由の検証が脇にのけられがちな気がする。当時の日本軍の兵士たちも、故郷では武器に手も触れなかったであろう人々であり、その意味で今日の私たちと違いはない。世界のどこかで戦争が続けられ、無為に殺される人がいる現在を思うと、過去の事件について考えることは決して無意味ではないだろう。