二十四人のビリー・ミリガン(上)(下)
ダニエル・キイス/早川書房



 ノンフィクション・ノベル。多重人格であったビリー・ミリガンについて書かれた本。
 多重人格は、日本ではまだ眉つばと見る人が多いそうだが、アメリカでは精神障害の一種として1960年代には一般に知られていた。中でビリー・ミリガンの例が特にダニエル・キイスの目に留まったのは、彼が犯罪を犯してしまい、多重人格者であったことから世間の耳目を集めたためである。
 多重人格は神経症の一種とみなされる。苦痛を感じたり困難が生じたりし、自身で処理できないが頼る人もないとき、別人を自分の中に生み出してそちらに状況をまかせるのだそうである。自己防衛の手段として記憶障害を起こす場合も多々ある。そして身を守るために生み出した自分自身は、最後には逆に平穏な人生の邪魔となって行く。
 ビリー・ミリガンの中には彼以外に23人の人格が存在していた。興味深いことに、各人格が認識している「自分」は、国籍も知識も性格も、性別や年齢、容姿すらも異なっている。同じ体の中にいながらである。無論外見がその認識のとおりに変わるわけではないが、見ている人にはまったくの別人がかわるがわる表面に出ているように見えるらしい。彼の人格後退が演技でないことは慎重に確かめられ、後に人格を統合する治療が始められた。だがその治療とは、別人格が生まれるきっかけをさぐる、つまり過去のつらい記憶をたどることだった。どんな多重人格者の治療も必ずこの苦痛が伴うそうである。他人事としていられたことを、人格が統合されるにしたがって、自分の記憶として追体験させられるのだ。彼の場合は幼児虐待が原因とみなされている。そして自分の中の他人と争いながら、周囲の偏見とも戦わなくてはならない。
 後に統合はなしとげられたが、それでもまだ長い人生で再発しないとは保証できない、つらい病気である。続編「ビリー・ミリガンと23の棺」でも続く苦闘がかたられている。
 ちなみに日本で最初に多重人格の例が報告されたのは大正時代。その後いくつか事例が報告されているが、日本の場合は幼児虐待が原因ではないものが多いそうである。