金閣寺
水上勉/新潮文庫



 昭和25年7月、京都鹿苑寺(金閣寺)金閣の放火焼亡事件発生。犯人は同寺の徒弟、林養賢。僧籍にある21才の青年であった。犯人の近郷出身であり、自らもかつては寺の徒弟であった水上氏が、その経験と世相を踏まえて事件を追っている。
 犯人の故郷の風景からこの本は始まる。どこかのどかな日本海に面した小さい村の点景であるが、続いて筆は緊迫を帯び、事件の詳細と、事件後の母親の投身自殺が綴られる。
 続いて青年の生い立ち。生来の吃音と親譲りの結核、母親との確執。やがて故郷を出て金閣の徒弟となるが、そこも戦中の混乱の只中で拝金主義の俗寺となっていた。少年の前で理想と現実がせめぎあう。たとえば、来訪する高官に饗するため、庭の池の鯉を食卓に上げるエピソードがある―――寺の中での人間模様も―――その折の少年の目はひどく冷たい。
 作者は養賢の過去に関わった人々と郷里を丹念に取材し、その人物像を描き出している。裁判の記録だけではわからない、個の中で背反する感情と理想。それをたどり終えた後、どこか淡々とした文章は、養賢母子の墓の描写を綴って閉じられる。墓地の片隅に寄り添う二つの墓の、金閣の絢爛とのなんという対比か。