眠る盃
向田邦子/講談社



 エッセイ集。脚本家の向田邦子さんが、1970年代にさまざまな雑誌に掲載した作品を集めたもの。
 向田さんは亡くなって20年ほどになるが、今でも年に2−3本はこの方の脚本のテレビドラマが放送される。内容は少し古い時代の家族像を描いたものが多いのだが、確実に状況の変わっている現在の家庭でもどこか相通じる印象をうけるものばかりだ。ささやかな、しかし個人としては重大な日常を、ユーモアを忘れない視点と豊かな筆力で描いたこの本を見ていると、いつまでも色褪せない脚本をなぜ書くことができたのかわかるような気がする。
 この本は、「エッセイ」に分類される本のうちでは、私の記憶にあるうちで最も古い方に属する。親の本棚に手を出す年齢になった頃に、母が勧めた数冊のうちにこの本があったのである。自身の体験や日常の事件から書く、という制約を受ける「エッセイ」を、これほど豊かなものとできる作家はそうそういないと思う。向田さんは他に何冊かエッセイ集を物されているが、どれも遜色なく楽しめる。特に「父の詫び状」、できれば親子で読むことをお勧めしたい。