北条政子
永井路子/角川書店



 歴史小説。鎌倉幕府の開祖源頼朝の妻・北条政子が主人公。
 頼朝の死後、切腹した長男頼家・横死した次男実朝に代わり、鎌倉幕府の屋台骨を支えた女丈夫。北条氏の権力を守るために、息子たちを見殺しにしたとまで言われている。確かに女傑であることは疑いない。だがこの本の政子は、自分の愛情に盲目的なまでに一途な、ひたむきな女性である。
 北条氏の権力への道は、彼女が頼朝に恋をしたことからはじまった。しかもこの二人が結婚した当初、頼朝はただの流人である。権力どころか、全盛だった平家に睨まれ続け、彼を選ぶことは即一族の不利となる状況下だった。当然結婚に反対した政子の父・北条時政は、別の豪族に娘を嫁がせようとするが、政子は雨の中をひた走り、頼朝のもとへと身を寄せる。―――ここまで史実というあたり、「冷血の女傑」という印象とは結びつかない。
 結びつかないといえば、「冷酷な権力者」という印象と、この作中の北条一族もまたそうである。二代目執権北条義時、その弟時房といえば、父親すら追い落として北条の権力の盤石を固めた人物であるが、姉政子の目から見ているためか、義時は寡黙でものぐさ、弟は呑気者という印象を受ける。夫の頼朝もまた然り。確かにそれぞれが希代の政治家であり、時代の流れを見据えて戦う武将であるのだが。そして政子自身は最後まで、田舎の豪族出身の女房どのという自分を変えることはなかった。できなかったという方が正しいかもしれない。
 夫のため、息子と娘、孫のために、必死で生きてきた政子。しかしそれは報われなかった。長女大姫は、婚約者の木曽義孝を頼朝の命で失った六歳以来、親に心を開くことなく二十歳で命を散らす。次女三幡は、入内を目前に急な病で死去。長男頼家は、北条と比企の争いの末伊豆に蟄居・切腹。その遺児・公暁が、三代将軍実朝を殺害。子と孫をすべてなくし、最後にひとり取り残される政子。ただ鎌倉の黎明期に、頼朝という男を選んだというだけの彼女に、この結末はあまりにも過酷だ。生き生きと人間臭い人であるだけに、最後の場面の孤独が際立って哀れである。
 歴史の本を読む前にこの本を読んだら、おそらく北条氏を好きになるだろう。何せここに約一名そういう人間がいる。