フィンチの嘴
ジョナサン・ワイナー/ハヤカワ文庫



 ダーウィンは進化論の提唱者である。しかし実証者ではない。かつてガラパゴス諸島で進化論のインスピレーションを受けた彼は、進化とは数万年以上の長い時間をかけてゆっくり起こるものだと考えていた。これは今日でも、一般的な印象として認識されていることである。ダーウィンは進化の「結果」と思われる生物の差異について詳細に述べながらも、実証を半ばあきらめていた。
 しかし進化の過程は現在でも続いている。そして、ほんの短期間で起こりうる。かのガラパゴスの生き物達、ことにフィンチに着眼した生物学者のグラント夫妻は、20年に渡って観測を行った。絶海の孤島、切り立ったがけに囲まれた火山と限られた植生という条件下でいきる13種類のフィンチたち。夫妻は島のすべてのフィンチに番号を振り、足輪をつけ、つがいと繁殖の様子、嘴のサイズや体重を測定した。その結果判明したことは、数万年どころではなく、たった1年の旱魃やスコールで、生き物は簡単に進化の方向を変えるのだと言うことだった。
 たとえば嘴のサイズがたった0.5ミリ異なるだけで、食べられる植物の種子の種類に差異が出る。ひとたび旱魃に陥ると、硬い殻の種子を食べることができるフィンチに有利だ。しかし食料が不足してくると、体の大きい、餌を多く必要とするフィンチは不利になる。前年有利だった種が今年も有利だとは限らない。雨の年、旱魃の年、それぞれに選択圧を受けながら、最も生き残るのに適した方向へと種は進化していく。
 こうした現象を数値と実際のデータで検証できたと言う点で、グラント夫妻の地道な測定は賞賛に値する。この本は夫妻を筆頭に、「進化論の実測」に熱意を傾けた学者達に多くのページを割いている。そうしたドキュメントももちろん読み応えがあるのだが、何より印象的なのは、こうした検証に裏づけされた「人間による選択圧」の実際例だ。
 牙が大きいものから密猟者に狩られるため、牙が小さくなった、あるいはなくなったアフリカ象。まき網漁の網目より小さいサイズで成長を止める魚たち。殺虫剤にどんどん耐性をつけていく害虫―――。後段で1章をなしているこれらの例は、「より生き延びる確率が高くなる方向への種の変化」であり、まぎれもなく進化である。しかし個人的に、これを進化と言うのには抵抗がある。とても。また一方、絶滅寸前の生き物達を集め、保護だ繁殖だと言って隔離する―――それはその生き物が本来生きてきた場所から引き離すと言うことであり、新たに別の種を作り出す作業だと学者達は言う。おそらくそのとおりだろう。今の人類のやることなすこと、他の生き物への圧力になってしまうのだ。
 もし人類が滅びたとしても、きっとまた別の生き物が進化し、人類の抜けた穴を埋めていくだろう。神に作られた生き物、進化の終着点という奢りを捨てて、自分達もこの地球の大きな進化の通過点であるという認識を虚心に持つべきだ。そんなことを考えさせられる本だった。