SHIMAVARA
藤田貴美/ソニーマガジンス



 漫画。この作品は、どういう事情によるものか知らないが、雑誌掲載から単行本になるまで結構な間が開いた。出版予定表にタイトルを見つけたときは喜んだものだが、購入してから今回この文を書くまでの間、私はほとんどこの本を読み返していない。読むと妙に苦しくなるからだ。
 SHIMAVARA―――島原。江戸時代初期、幕府によるキリシタン禁教と農民への圧政のもと、悲痛な祈りとともに起こされた島原の乱。弱冠16歳の天草四郎時貞が、神の声を聞く聖人として旗印となる。宗教弾圧に脅えるキリシタンたちと、圧政にあえぐ農民の怨嗟が一点に向け爆発し、数万の声が一時は幕府軍を圧倒する。だが鎮圧の手段は着々と彼らの力を奪い、やがて飢えが弱い者たちを襲った。乱の拠点島原城陥落の日、城の内外は4万の農民の死体で埋め尽くされる。
 作中の天草四郎は、その美貌と神童と歌われた幼少時を持つ以外は普通の少年だった。だが彼の周囲で、徐々に、しかし確実に炎はくすぶり始める。類まれな美しさを持つものに、人は容易に幻想と神性を見ることができる―――幕府への反感を持つ男たちが、その故に彼を旗印に選んだ。当初はそれを望まなかった四郎も、幼なじみの少女の母親が弾圧の末に惨死したことをきっかけに、みずから渦へと足を踏み入れる。だが、彼は望まぬうちに、本当に「神」から選ばれてしまった…。
 主要登場人物は、結局のところ誰一人、信仰や大義のために闘っていない。四郎自身、神へのものに等しい信仰を身に受けながら、求めていたのは肉親と恋人の手だけであった。彼らの誰かへの思い、また渇望は、祈りに等しいものであった。その思いの故か、季節外れの満開の桜で始まり、季節どおりの満開の桜で終わるこの作品は、一貫して無垢であり澄んでいる。血と裏切りと狂気にまみれている世界であるにも関わらず。
 裏切ったが故に生き延びた絵師がひとり、世に禁教を根づかせるための絵を描き続ける。それは世の地獄、絵師の記憶の中から消えぬ島原の図か。
 巻末に年表付き。歴史が苦手な人でも大丈夫だと思う。