夢やしきへようこそ
さちみりほ/秋田書店プリンセスコミックス



 日本人の生活には、どこかひっそりと妖怪が息づいている感がある。ゲゲゲの鬼太郎をしらなくても一反木綿やこなきじじいやろくろ首は知っているだろう。夜寝ている間に枕を返してしまう妖怪や、胡瓜の大好きな河童。時に親から子への脅し文句に使われながら、少しの親しみと少しの恐れを持って、共に生きることを許しあってきた相手だ。
 だがそれも、妖怪たちが視界の端を掠める程度の存在にとどまっている場合の話。現実に目の前にいたならば、人間は彼らを石もて追うか、怖がって逃げ出すか、どちらかを取ることだろう。
 夢やしきは本当の妖怪たちが芸を見せる見世物小屋。旅芸人に身をやつし、村から村への貧しい暮らしながら、妖怪たちが身を寄せ合って暮らしている。古くから日本の各地に住み着いていた彼らは、江戸から明治、大正へと向かう時代の流れの中で、段々と定住の場をなくしていったのだ。一座の主は本名不詳、「兄(あに)さん」の通称で呼ばれる隻眼の美丈夫。人も妖怪たちも遥かに超える力を持ちながら、過去も思いもひっそりと笑いのうちに紛らわす人物だ。
 そんな彼らが、あるとき赤ん坊を拾う。勇太という名のその子を彼らは溺愛し、勇太もまた妖怪たちを家族として育った。あまりにも人の良い妖怪たちは、ただただその子の幸せを願う。それがひと時みる夢のようなものだったとしても…。
 さらに時代は大正から昭和へ。娯楽のない村や町で、一座は「旅芸人」と侮られながら、それでも心待ちにされる存在だった。しかし彼らは少しずつその存在を消していく。世相は暗澹とし時代は移り行く。科学の発達や電灯の普及と共に、彼らの居場所は加速度的に減少する。愛した国や人々の上に、爆弾が落ちる頃にもまた。
 短編連作形式の話だが、どれも純然たるハッピーエンドではない。彼らは人間とは違っており、共に暮らすことが困難とわかっていながら、それでも人と共にいることを愛しているからだ。季節から季節への旅暮らし。人々の記憶の片隅に、幻想小説の登場人物に、思い出のよすがの絵巻に姿をちらつかせながら、また人々の生活の狭間にある世界へ隠れてしまう。涙のうちに心をにじませて、微笑みながら消えていく彼らが切なくていとおしい。
 プリンセスコミックス全13巻完結。