2001年12月25日(Tue)
 連休の前2日は部屋の掃除、ならぬ本の整理で終わりました。床の上に波打つ本の山脈が減りました。撲滅はできませんでしたけれども、すごいわ〜まっすぐ歩ける。あまりの場所のなさに、ファンロード50冊くらいとアニパロコミックス40冊、今までしつこく取っといたのを全部捨てました。もう今から後悔してます。惜しいです。すごく。あと同人誌も200冊くらい捨てました。さらにマンガの単行本も100冊くらい捨てました。が、単行本だけ「お持ちください」と張り紙してごみ捨て場において置いたらば、全部どなたかが持っていってくれました。拾ってくれた人ありがとう。なんか嬉しかったわ。物置を父に整理してもらってスペースを作り、さらにCDラックを姉の部屋に移動した上新規に本棚を置き(今度帰ってきても驚かないでね姉上様)、つめてつめてつめまくって、ようやく人並みの部屋になりました…ほろり。
 昨日も特に予定はなかったのですが、さすがに掃除するのも悲しいので、午後からちょっとだけ出かけてお花を買ってきました。ピンクのチューリップと白いスイートピー。クリスマスなので色にメリハリきいた派手な花にしようと思いながら行ったのに、この季節に花屋に入るとなぜかチューリップを買ってしまいます。花屋で買える花の中で、一番春らしい感じがすると思うので(だからクリスマスだってのに)。おまけに夜、ケーキを食べました。私は甘いものが苦手なのですが、その最たる生クリームとチョコレートでトッピングされたやつを。父がもらってきて、一人で食べきれる量ではないのでご相伴に預かったのですが…我ながら良く食べたな、という感じです。やっぱり頭がクリスマスナイズされてたんでしょうか。食べ終わってからこっそりコーヒーでうがいしましたけれども ^_^;)
2001年12月9日(Sun)
 入稿終わりました〜。仕事の納期が迫ってますので、まだまだ気は抜けないんですが、それでもほっとしました。出るってだけでも。という本ですが。今回の本も、小説が…小説にすらなってないのでした。長い小説のダイジェストみたいな。これならもっとちゃんと削れば良いのに、というくらい…しくしくしく。…出るけどさ…。
 昨日原稿を発送してから池袋の駅前を歩いていたら、何かのキャンペーンでくじ引きをやっていました。何の気なしにやってみたら、なんと携帯電話が当たりました。けれども身分証明できるものを保険証しか持っていなかったので契約できず、ご破算と相成りました ^_^;) 私はクレジットカードも免許証もパスポートも持っていないので、いざというとき身分証明できないような気が。くじを引かせてくれたお兄さんが、一生懸命に「公共料金の通知書とか、家の人にファックスで送ってもらえませんか」と考えてくれたのですが、時間がなかったので結局諦めました。正直言って電話はとっても惜しい(私は携帯電話も持ってません)です。ただ持ったら持ったで、電話を使うのではなく電話に使われそうで怖いってのはあります。まあ必要になれば自分で買うからいいか…さすがに家には公共料金の通知書あるし。次の仕事は携帯電話のプログラム開発らしいんだけど、いいのかこんな奴がやって…。
2001年12月02日(Sun)
 落ちたサーバを復旧したわけではなく、OSを丸ごといれかえたんですねwww3.vc-netサーバ。いつもtelnetでログインするとSunOSが出迎えてくれたのに、昨日入ったらLinuxの表示が。いや入れ替えるなら入れ替えるでいいけどさ、文字コードが違う! コマンドのディレクトリが違う! 時計が狂ってる! それより何より、SSIが使えねえ! …ってちょっと待ておいこら、って感じでした。多分アクセス制限の方法が変わったんだと思うんですが、それならそれで告知がほしい。今まで無制限に使いたい放題だったので…。先日はウイルスメールをばらまくということをやってくれたし、vc-netは最近失態が多いですわ。がんばってくれい。SSI使えないなら使えないで対処できますけど、締め切りが終わるまで時間がないんだってば〜。
2001年11月30日(Fri)
 昨日はwww3.vc-netが落ちていたようで、夕方まで自分のページが見えなくてあせりました。
 この前の連休の金曜土曜と鎌倉に行ってきました。観光に行ったんだか人を見に行ったんだかという混雑ぶりでしたが、散歩気分で散策するには良い日よりでした。この週は七五三だったようで、晴れ着のお子様が散見されてえらいかわいかったです。人ごみの真っ只中、みんなオアシスのようだった…。ホテルで原稿をやろうと思って原稿用紙を担いでいったんですが、結局ぜんっぜんやりませんでした ^_^;) 土曜は少々懲りて、七里ガ浜から材木座まで海辺をずーっとぼけーっと歩いて、観光も人のいないルートで回りました。まる半日歩き詰でしたが、海は良いですわやっぱり…。途中波打ち際の浅瀬に幅20センチくらいのエイの死体があって、なんというか妙に…感動したって言ったら語弊があるかしら。でもほんの三歩の距離で白いおなかを見せつつ波に洗われてゆらゆらしていて、ああ野生のエイだったんだなーこれから腐って微生物のえさになりつつ海に帰るんだなーとしみじみしてしまいました。20分も死体見ながらぼけっとしてた私って、今考えるとつくづく危ない人だな…。周りにあまり人がいなかったので、思う存分浸ってました。
 エイ見てふっきれたわけでもないんですが、今は少々肩の力が抜けた気分でいます。パソコンの画面にキーボードをぶんなげたくなる衝動もなくなりましたし ^_^;)
2001年11月22日(Thu)
 10月に野望としていました高雄行きは断念。来年持ち越し。代わりにこの連休は鎌倉に行ってきます。締め切りがせまっているので原稿用紙を担いでいきます。パソコンにさわれないので更新も文字原稿も進みませんが、なんと言うか、パソコンにさわれないという状況を作りたいのです。パソコンという機械そのものに対して疲れを感じているのに、それを使ってできることから離れがたくて、あると触ってしまって、結果鬱屈が溜まっているので。中毒患者みたい…。リフレッシュしたい。特に頭の中身。「パソコンに2日触らない」というのは、今の私には画期的なことのような気がします。多分。ああでも、一週間くらい温泉とか海に行って、ぼけーっとしたいなあ…。
 愚痴ばっかりというのもなんなので、めでたい話。締め切りがせまる。そう、有明冬の陣は取れました。邦楽スペースです。谷山さん本を出します。表紙に特殊加工を使うことにしたので、出来上がりが今から楽しみです。まだ書いてないんですが〜。
 今回はアニパロは落ちました。来年の5月は、アニパロだけでスペースを取って、トルーパー本を完結させたいです。が、プロットを書いた紙がどこかに行ってしまったのであせってます〜。頭の中に筋だけは残ってるんですが、細部の設定が思い出せないという。何せ8年も前に考えたことだし(おいこら…)。結末が当初の予定と微妙に変わりそうです。
2001年11月5日(Mon)
 人生に煩悩は必要です。私の煩悩って、多分108つどころじゃきかない気がします。で、いきなりですが犬夜叉にはまりました。ええ今更。先日ふと気づいたのですが、漫画情報誌の「ぱふ」を継続して買うようになって既に十年経過。それ以前から好きな特集の時は買っていたので、あるのよ120冊以上。で、今月の特集が犬夜叉で。ぱふが出たのは10月30日ですが、11月2日には犬夜叉の現在刊行分22冊収集完了。ぱふのおかげで出会ったマンガは数知れませんが、犬夜叉は、はまらないと思ってたのに思ってたのにのにのにのに、ツボが待ち構えていたのよ! 法師様×退治屋さん。うああ。ぱふに掲載されていたほんの2コマのカット見た瞬間「買わねば!」という気になってしまって…。元々高橋留美子さんの「忘れて眠れ」とか「人魚の傷」とか「炎トリッパー」とか好きだったので、お話自体もツボでした。以前舞台になったときにちらっと話を聞いていたので、あの段階ではまってれば今ごろ未読分もなく〜とのたうちまわってます。この土日、ネット接続時間のすべてを検索に費やしたおかげで、好みの小説をたくさん読めました。自分で書く必要ないなー、と思って一安心。
 お仕事は今週が山場です。あまり自由時間が取れないので、反動でマンガを大量に買ってしまうというのは、ここしばらくの仕事切羽詰り月間のお決まりパターンになりつつあります。マンガだからまだ良いかなという気もしますが(着道楽なら破産だ)、そろそろ本崩(と書いてなだれと読む)が怖い…というか、だいぶ前から怖かったのに見てみぬふりをしてきたおかげで限界が近づいているというか。年末が近づいたら大掃除です。…でも今日もマンガを買うのね…。
 高校時代の友人から、先月末に無事にお母さんになったとの連絡をもらいました。私が立ち止まっている間に、人生を着実に歩んでいる彼女がまぶしく感じられます。おめでとう。今の日本が爆弾の降る国ではなくて良かったと、母になった友人達の消息を聞くにつけ思います。
2001年10月21日(Sun)
 泥のように眠るという経験は、たまーにやると良いものです。なんなのこの忙しさは…。まだ人に比べて仕事してないと思うんですが、この土日だってちゃんと休んで惰眠を貪ったんですが、それでも眠い〜。
 旅行行きたいです。今月の頭に京都に行ったんですが、たくさん歩いて楽しかった〜。本当はこの連休も青森に行きたかったんですが、あまりに疲れていることプラス宿が取れなかったので断念しました。来月はまた京都の高雄に行くつもりでいますが…行けるかな〜。仕事が終われば行きます。青森は一昨年くらいからずーっと行きたいと言ってるんですが、この調子だとまた来年になりそうだなあ…。
2001年10月13日(Sat)
 今日も出勤でした。ビバ残業手当。
2001年9月23日(Sun)
 お彼岸なのでお墓参りに行ってきました。往復徒歩で約1時間半の道のりですが、来月早々にある健康診断(身体測定あり)が怖くて歩いて行きました。秋晴れの良いお天気で幸せ〜。でも今足が痛い…。運動不足を痛感…。
2001年9月21日(Fri)
 テロは許せませんが、今回アメリカが報復から戦争へ進もうとしている状況には納得がいきません。テロリストの背後に疑惑の人がいたという証拠をまず示し、さらにその矛先を渦中の国に向ける大義名分を整えるという当たり前のプロセスをまず踏むべし。何より、それに日本が荷担するということが情けなくてたまりません。国際的に認められないとか、足並みをそろえてとか、口先で何を言おうとこれは軍事行動でしょう。しかも本当にやったかどうかまだ不明確な相手に対して!
 現状では根拠と標的すら曖昧です。それはすなわち軍事行動を終える根拠もまた曖昧だという事です。長い年月がかかるでしょうし、その間軍事行動でまた双方に死者が出るのです。浪費一方です。無意味。
 何をどうしたところで償いきれるわけのないテロだからこそ。たとえば軍事行動に回す分を、街と経済の復興に回し、さらに軍事力をちらつかせつつテロ支援国から賠償金をふんだくるとか。実際に戦争するよりいくらかましだと思うんですが。
 とにかく戦争反対。…ってここでわめいてても役にたたないのよね。なにか私にできる事があるだろうか。私の税金が殺人に使われてしまうのは嫌〜。
2001年9月14日(Fri)
 11日に台風15号が関東に上陸し、夕刻までに東京からは移動しました。この日の夕方、台風の名残で雲が複雑な文様を描く空の、西に鮮やかな夕焼けが、東にくっきりした虹がそれぞれできていて、池袋のビルの上階から眺めていた私は、とても幸せな気分でいました。いい一日だったなあなどと思いながら帰路についたのです。それでも台風は気になったので、帰宅後のテレビのチャンネルをNHKのニュースにあわせました。
 最初は事故かと思いました。2機目が突入したときも、とっさには何だかわかりませんでした。その後刻々と状況が伝わり、テロの文字が画面に躍るようになるまで数十分。それ以降今日まで、私は頭のどこか一部分が麻痺したままでいます。
 最初のうち、「テロリストが日本人だったらどうしよう」と思って不安でした。アメリカを敵に回せば日本は国が立ち行かないし、何より報復が怖い。パールハーバーの二の舞です。家族に言ったら一笑にふされましたが、ありえないとは誰にも言えません。現在はイスラム教の過激派の仕業という見方が濃厚なようで、矛先はこっちには向きませんが、戦争に突入しそうでそれがまたいやです。
 20世紀に地球上であった戦争の多くにアメリカが関わっています。パレスチナはじめイスラム圏などの国で、今回のテロの成功を喜ぶ人々の姿が見られるようです。同盟国(たまに属国と思ってしまうが)の日本人の私でさえ、報復に恐れをいだいてしまうように、アメリカはとても強い国です。敵対・反発している国にとってはなおさら脅威でしょう。だから今回一矢を報いた気持ちになって喜ぶ人たちがいるのもわからないではありません。それに、各国首脳陣の、テロリストを悪し様にののしる言葉の数々が、また私にはとても怖い。報復・戦争へとまっしぐらに進んでいて。
 テロリストの正義を認める気はありません。アメリカの象徴を破壊することで、自国または自分の所属する組織に利益をもたらすことができると思ったのでしょうが、彼らにはハイジャックした飛行機の乗客も、ツインタワーや国防総省で働いていた人たちも、「アメリカ人」という記号にしか見えなかったのでしょう。自分や仲間たちの命すら、目的遂行のための布石のひとつに過ぎないのでしょうか。許しがたいことであり、繰り返されて良いことでは決してありません。かつて特攻という手段を使った国の人間として特にそう思います。
 ただこの解決法を、軍事行動という手段に求めることだけはやめてほしい。泥沼の泥仕合です。ツインタワーで火に追われ、ガレキに押しつぶされた人たちを悼むとき、同時に、湾岸戦争の後もアメリカ軍の空爆に怯えるイラクの人たちを思ってほしい。自国を蹂躙された屈辱を味わうとき、枯葉剤の森を歩くベトナムの人々を思ってほしい。有力者を暗殺されたパレスチナを思ってほしい。パールハーバーや南京の結果として火の海にされた日本、その中で犠牲になった子供たちを。
 奇麗事です。自分の友人や家族が死んでいたとして、同じことが言えるとは我ながら思いません。でもこれまでに、本当にさまざまな理由で戦争が始まりましたが、最後は人道上の理由が持ち出されて終わる場合が大勢をしめました。「人命をこれ以上損なわないため」に終わるのです。力のある誰かが奇麗事を言い出すまで終わらないのです。そして私にその力はない。せめてやる前に考えろと言いたくなります。まずテロリストに言いたかったなあ…。
 アフガンから国連職員退避、とのこと。今回はもう始まってしまいました。アメリカの世論は比較的冷静で、「報復は賛成だが戦争は反対」という意見が多いと聞いています。本当は報復も嫌ですが、心情的に納得するところもあるので世論に文句は言いません。でも本当に報復だけで終わるんでしょうか。国家間により一層の疑心暗鬼が生まれてしまうかもと、それも気になります。事件に関連したアメリカの掲示板で見た「atomic bomb」という文字が、生々しくてとにかく嫌。
 私はニューヨークやワシントンに行ったことはありませんが、海外の地名としてはとても馴染みの深い場所です。テレビの画面で見ているだけでも胸が痛みます。救助に尽力する人たちの労苦が報われますように。大事な人の無事を願う人々の祈りが届きますように。二度と繰り返されることがありませんように。本当に心から祈ります。
2001年9月10日(Mon)
 ああ夏休みが終わってしまった…。知人の結婚式と那須・日光方面への旅行以外はほとんど寝て本読んでゲームして、とぐーたらにすごしました。休み明け初日が台風で悲しい〜。
 この休みの間に、DVDとビデオとCDが全部使えるデッキを買いました。以前のビデオデッキはトラッキング部分が少々壊れていて、画像と音声がぶつ切り状態。先日「千と千尋」を見に行ってから映画を色々と見直してみたくなり、久々に使ってみたら、3倍速だと我慢できる程度なのに、標準録画のものはアウトでした。近所のLaoxに行ったら、下は1万円台から上は15万円台までいろいろなデッキがあって、機体を眺めてるだけで楽しかったです。電器屋さんって遊べて良いですね。ちょうどCDプレイヤーがなく、DVDもソフトはあるのにでハードがない状態だったので全部使えるものを選びました。…というかちょうど目の前にあったのでつい手が。
 以前バイオスフェアでCDを通販したときにおまけでもらったDVDをやっと見られました〜。あと、かねてから欲しかった名探偵コナンの「世紀末の魔術師」と、なぜか「タワーリング・インフェルノ」を買ってしまいました。後者の方は大火事があるたびに思い出す映画なのに、全編通して見たことがなかったのです。138階建ての超高層ビルで火災が発生。ビルの設計士と消防隊の隊長を軸に、火と煙に追われる人々の光景を個々に丁寧に描いています。私は映画にはあまり詳しくありませんが、それでも見知った顔がたくさんの豪華キャストで、どんな人も自分の人生の主役だと納得させてくれました。