Cross the river





 いつ終わる旅か知れないまま河のほとりにいる。
 満載の渡し舟から、船頭が声を張り上げている。急げと言っているらしい。今日の最後の便がでるのだ。夕陽が乗客たちの顔を赤く照らして眩しい。
 僕はこちらを向いた船頭に、手振りで乗らないと示した。家路に着く人々に紛れ、重い色をした砂の上を、河と逆方向に足跡をつける。
 荒野を引き裂いて流れる、向こう岸の見えない河。黄色く濁るその表面を漂っていくのは異国の言葉。ポケットの小銭は渡し賃には充分だ。けれど、今の僕にこの河は渡れない。
 顔なじみになった漁師の子が、笊に大きな魚を乗せて寄ってきた。向こうの指はまず八本から。僕は五本出す。次いで向こうが七本。僕が六本。小さな漁師は肯いて小銭を握る。僕は青光りする大きな魚のしっぽをつかむ。ぼろ宿の厨房で捌いて振る舞えば、宿代は寝台の分だけですむ。
 こんな風にだらだらとここで止まっている外国人は珍しくないらしい。僕も奇異に思われることもなく、半月もここに居着いている。ふるさとへつながる空港、この国第一の都市には、この川を渡ればほんの数時間で着く。恐らくは懐かしいのだろう人々にはさらに数時間で会える。
 だから僕は河を渡らない。
 通じない言葉、ぼろぼろのジーンズが僕に親しい。覚えた片言で舟歌を歌い、煙草を少しずつ売って小銭を稼ぐ。この間に、かつて僕がふるさとにつけた足跡は消えていくだろう。一筋に伸びていたはずの道に、わき目もふらずつけてきた足跡。
 その道が突然途切れたとき、それは引き返すことも分かれ道を探すこともせず、切れ目からまっしぐらに落ちて消えた。
 そのまま道は見当たらない。だから、河を渡れない。
 渡し舟の底板に、僕のスニーカーが触れるのはいつになるのか。
 ここにたどり着くまでに荒れ野につけてきた足跡は、きっと風が吹き消している。のどかで必死な人々が、淡々と続けている日常に混じって、もう少し河を見ていたい。足の向く先が河の中ではなくなった、その自分を後ろ向きにたたえながら。
 最後の渡し舟は岸を離れる。明日の旅の行く先を知らぬまま、僕は河のほとりにたたずむ。





タイトルそのまま、「Cross the river」より、です。
実はちょっと「桂林の河」が混ざってたり…。
に、しても。…これは小説なんでしょうか? ^_^;)



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