梶井基次郎

檸檬・城のある街にて/桜の樹の下には
 短編小説集。特にお勧めは「桜の樹の下には」。桜と聞くと反射的に思い出す作品。「桜の樹の下には死体が埋まっている!」の書き出しで非常に有名。文庫版4ページ分の長さしかないにもかかわらず、満開の桜の物狂おしさを表現してあますところがない。
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」昔の人も春というと浮かれたようだが、桜がなくなる位なら死体が埋まっている方がましかも。これのおかげで古今の桜の木の下には死体が埋まりまくっていることになってしまったらしい。10分で読み切れるので、葉境の桜と朧月の夜のおともにぜひ。



片山奈保子

汝、翼持つ者たちよ/集英社コバルト文庫
 カドリア王国の片田舎にあるアズバドル村。かつて銀色の狼に育てられ、「狼憑き」と二つ名を取る少女シャナが住むそこに、銀髪碧眼の美青年イーグが祭司として赴任してくる。太陽は神の、月は魔の象徴であるとされ、それぞれ金と銀がその使いの色とされる国において、イーグの髪は忌避されるものであった。村人たちの戸惑いの中、シャナの住む長老の家に同居することになったイーグは…。
 イーグに科せられた試練と、それにかかわりあう謎の青年(といってもわかりやすいですが)ドゥールのやり取りが見もの。物語の助走状態が少々長く、その間イーグは「しゃきっとしろしゃきっと!」と張り倒したくなるような性格をしているのですが、これは結末に向けての布石の一つ。エピローグでは文字通り生まれ変わったような彼に出会えます。(2002.11.25)
汝、歌声を望む者たちよ/集英社コバルト文庫
 楽の才に恵まれながら、夜毎の悪夢に苛まれ、いつしか歌うことをやめたシャナ。アズバドル村に流れ着いた異国の薬師はそんな彼女に歌うことを懇請する。同時に村を訪れた、やはり異国の僧侶たちも、彼女の歌を目当てにしていて…。
 今回はシャナの過去編。前回は「試練」に苦悩していたイーグも、少々余裕が出てきたようです。同時にクインというお邪魔虫もシャナの傍らに定着。しかし明後日の方向に意識の飛んだ宗教関係者ほど怖いものってないわね…。(2002.11.29)
汝、光に背を向ける者たちよ/集英社コバルト文庫
 神の使いたる金の鳥パリシエと、魔の使いたる銀の鳥プラナカーナ。対となる二つの鳥にあやかるかのように、アズバドル村に金髪の青年カイザードがやってくる。付きしたがってきた武官は、影に日にまるで子供のような彼を守ろうとしていたが。
 このカイザードも村にやってきた当初のイーグ同様、はりたおしたくなるような性格をしています(私にとっては)。不幸一方の銀の託宣に対し、誰かの見てる妄想なんじゃないかというくらい稀有壮大な金の託宣。けれどどちらもそれを受けた人には苦難の道が待っています。これは前編、ということで以下次巻。(2002.12.2)
汝、虹を仰ぐ者たちよ/集英社コバルト文庫
 上記続編。カイザードを狙う刺客によって重傷を負ったシャナは治療のため首都サンティエへと向かう。言葉と記憶を失った彼女を、国王アルザスが王宮に迎え入れ、イーグの恩師の庇護のもとで療養生活が続く。そんな彼女の前に、ある日イーグと良く似た面差しの皇太子デュマが現れる。
 おとなしやかで楚々としたシャナというのもたまには良いですが、たまに、にしといてほしいところです。この話って率先して突っ走る型の人がほぼシャナ一人だけなんだなー、と実感。王宮の恋愛模様はとりあえずほっといて(あとの巻でもっとごちゃごちゃになることだし)、アズバドル村は得体の知れない新参者が次々流入、にぎやかになることすさまじいですね。最初のシャナで免疫がついていたのでしょうか。すばらしきかな村人たち。刺客の問題は意外な決着。(2002.12.6)
汝、陽だまりに集う者たちよ/集英社コバルト文庫
 短編3本収録。1本目はアズバドル村に咲く一輪の花、じゃなくて自警団の心のオアシス・ティハノくんの一人称で、まだ村に来て間もない頃のシャナのお話。未亡人を助けようとがんばる二人がほほえましい。2本目は花の精霊に捕まえられそうになったイーグの話。描写もですがイラスト、雰囲気が色っぽくて素敵でした。3本目は村を訪れた吟遊詩人をめぐるどたばた劇。イレーネを守ろうと獅子奮迅のシャナをはじめ、素顔の彼らが楽しい一作でした。(2002.12.9)
汝、運命に挑む者たちよ/集英社コバルト文庫
 シャナとイーグ、カイザードの元に国王からの召喚命令が届く。聖老会議の決定で、シャナを王妃として迎えるというのである。薬物により体の自由を奪われるシャナと、正式に神官として任官させられるイーグとカイザード。司政神官長グラハムは、彼の部下となるイーグの銀の託宣に奇妙にこだわりを見せる。
 急展開。辺境の小村の風変わりな小娘から、一挙に王妃の座に着いたシャナの行く末が真面目に案じられます。イーグとの仲の進展を楽しみに読んでいる身としては、彼の存在そのものが不安材料になるのではないかと心配。国王アルザスも、裏や底が見えない御仁で動向が気になります。(2003.3.10)



トルーマン・カポーティ

冷血/中公文庫
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茅田砂胡

スカーレット・ウィザードシリーズ/中央公論新社
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デルフィニア戦記/中央公論新社
 全18巻を約1週間で読み切ったので、ちょっと感想を書くのが…しんどい…。タイトル通りデルフィニアという国が舞台の話。王座を追われ、刺客にねらわれたデルフィニア王ウォルが、異世界から落ちてきた少女(本人は実際は男だと主張する)リィと出会い、王座奪還の道を辿り始めるところから物語がはじまります。先に言ってしまうと紆余曲折の後、早いうちに王位を回復し、その後は周辺諸国との戦いが描かれるようになるのです…が。設定はシリアスな話なのに、何せ、キャラクターの会話が…笑える。個性の際立つキャラたちの繰り広げる漫才一歩手前の言動に、振り回されまた電車内で読む場合は人目を憚る苦痛を強いられつつ、「完結してから読み始めて良かったー」という一気読みの醍醐味を味わわせていただきました。内容としては王国譚としてオーソドックスな話と言えますが、一読の価値ありと思います。
暁の天使たち/中央公論新社
 デルフィニア戦記とスカーレット・ウィザードのキャラクター、豪華顔合わせの学園パラレル作品。…いやそうじゃなく ^_^;) リィとルゥが本来の世界に戻り、シェラと共に学生になります。真面目な続編なんですが、前2作に比べて、話の目的とか方向性が見えず、何に重点を置いて読めば良いのかわかりません。前作を完読していないと全く理解できないので、新シリーズと銘打つのは止めた方が良かったんじゃないかなあ。単純にキャラクター・ノベルとして読むにしても、ストーリーが邪魔になってしまいます。キャラクター達が前作で経験したこと、過ごした年月にリセットがかかった感じがしてつらい。それでも文からにじみ出るパワーに衰えはないので、2巻目で方向性が見えると嬉しいんだけど。(2002.4.4)
桐原家の人々1〜4/中央公論新社
 桐原家には三つ子がいる。男二人、女一人のその3人のうち、一人の男の子だけが似ていない。威勢の良い母と姉、しっかりものだがおとなしやかな父と兄を含めて考えてもやはり似ていない。残る二人は、それこそ双子のようにそっくりだというのに。三人は暗黙の了解のようにそのことを口にしないでいる。しかし疑惑の芽は大きくなるばかりで…。
 もとは角川の設立当初のルビー文庫に所収されていたそうで、そのためか微妙にボーイズラブテイストのところがありますが、気になるほどではありません。というかそれが気にならないほど、ただの家庭内係争のはずなのに、怒涛かつ驀進の展開の嵐が。…いやそこまですごくもないのに、登場人物のバイタリティのためにそんな気配が…。家とは何か、家族とは何か、きっぱりしっかり自分の中に信念を持つ人の強さよ。三つ子を見守る家族の、腰を据えた姿勢に励まされます。4冊目は番外編的な一冊で、桐原家のなぞめいた長兄が主役。かなり重いテーマですが、キャラクターの肩を叩いてほっとできるような結末でした。お勧め。(2002.4.30〜2002.5.2)
レディ・ガンナーの冒険/角川スニーカー文庫
 貴族のお嬢様キャサリン・ウィンスロウの元に、大陸を隔てた国に住む幼なじみの父親から助力を乞うメッセージが届く。有力者に迫られた無理な結婚を回避するため、婚約者のふりをしてほしいというのだ。彼の窮地を救うべく旅立とうとしたキャサリンだが、海路は嵐のために閉ざされた。移動手段を馬車に委ねる大陸は危険地帯。キャサリンは4人の用心棒を雇う。彼らは「アナザーレイス」と呼ばれる、人から獣に変化することのできる種族だった。
 デル戦の某種族を頭に描いてしまうのはお約束。けれどこちらはきっちり独立した話です。友人のためにまっしぐらのキャサリンは、茅田さんのお話の主役としては、平均した人類の範疇に入る女の子ですね。話の根底にあるのは「差別」と「異種族間の相互理解への道のり」でしょうか。まだまだ先は遠そうです。ラストを読んで水戸黄門を思い出すのは私だけではあるまい。(2002.06.12)
レディ・ガンナーの大追跡(上下)/角川スニーカー文庫
 アナザーレイスを蔑視し、あるいは敵視する人々が、これまでありえないとされてきた「変身する混血」の存在を知って動揺する。実例を捕えて撲滅にいたる布石を探ろうとする彼らの前に、意外なところから手がかりが舞い込む。お嬢様学校の生徒が描いた一枚の絵。鮮やか過ぎる色彩の羽を持つ人間、それは件の混血ではないのか? 策を弄して情報を得、モデルとなった男を捕えようと躍起になる人々。しかし彼らはひとつだけ見逃していたことがある。絵を描いた少女が、疑問をあっさりと見逃してしまうような、おとなしく鈍いお嬢様ではなかったということを。
 前作より一層根深く陰湿な差別と偏見が今回の敵。アナザーレイスや混血が当たり前に差別される国へと向かうキャサリンは、そこで生まれて初めて心からの軽蔑や敵視というものにさらされます。最後にキャサリンが選んだ(もしくはあえて見逃した)道は、正直、認められるものではありません。闇から闇へ葬るやり方であり、これでは二つの種族の対立は一層深まってしまうのではないかとの懸念がぬぐえず、そういう意味で手放しで「面白かった」といえる結末ではありませんでした。話の流れとしては、納得が行くんですが…うーん。
 キャサリン自身はアナザーレイスの知人も増え、パワーアップの一途をたどってます。次回もがんばれ。(2003.03.05)
レディ・ガンナーと宝石泥棒/角川スニーカー文庫
 前の事件で親しくなった少女ミュリエルに招かれ、王国の華やかな式典を楽しみに旅立つキャサリン。無鉄砲に事件に首を突っ込む娘を案じる父親と、「決して無茶なことはしない」と約束して出発したのだが、案の定と言うべきか、滞在先で駆け落ち事件に巻き込まれる。
 前回は種族対種族でしたが、今回は個対個。背景はともかくとして筋立ては勧善懲悪に近く、単純に楽しめました。正義感と決断力と思い切りのよさが兼ね備わった人に、おとなしい旅行なんて言い聞かせるだけ無駄というもの。既に「乗り物」と化している四人組、女性陣のパワーに押されまくってます。(2003.03.06)